目次
1. 導入:就労支援の「大淘汰時代」が突きつける現実
2026年現在、日本の障害者福祉は歴史的な転換点の真っ只中にあります。かつて、障害を持つ方々の「働く場」として急拡大を遂げた就労継続支援A型事業所。しかし、今私たちの目の前にあるのは、全国各地で相次ぐ事業所の閉鎖、そして解雇という冷徹なニュースです。
「障害があっても働きたい」という当たり前の願いを支えるはずの場所が、なぜこれほどまでに脆く崩れ去っているのでしょうか。2024年度の報酬改定から始まった厳しい経営基準の適用は、2025年を経て、2026年の今、まさに「選別」の最終局面を迎えています。これまでは「福祉」の名の下に守られてきた経営実態が、公的な給付金に頼らない「事業性」を厳格に問われるようになったのです。
この問題は、単なる一事業所の倒産ニュースではありません。障害福祉という公助の仕組みが、資本主義的な「効率」とどう折り合いをつけるのか。そして、働くことを通じて社会とつながろうとする当事者の尊厳をどう守るのかという、日本社会全体の倫理観が問われる課題です。
本記事では、いま最も注目されている「就労支援事業所の経営危機と変革」をテーマに、最新の動向を深掘りします。なぜ今、東京都が国に対して異例の申し入れを行うに至ったのか。現場で何が起きているのか。専門メディアの視点から、その深層を解き明かしていきます。
2. 2024-2025年の激震。なぜ就労A型事業所の「閉鎖ラッシュ」は起きたのか
就労継続支援A型(以下、A型)における「閉鎖ラッシュ」の引き金となったのは、2024年度の障害福祉サービス等報酬改定です。この改定では、長年問題視されてきた「悪質な囲い込み」や「給付金頼みの経営」を是正するため、極めて厳しいメスが入りました。
■「生産活動収益」による賃金支払いの義務化
かつてのA型事業所の中には、自治体からの給付金(自立支援給付)を、利用者(従業員)の最低賃金支払いに充てているケースが散見されました。しかし、本来A型は「雇用契約」を結ぶ事業所であり、その賃金は事業活動によって得た利益から支払われるべきものです。
2024年の改定では、「自立支援給付を賃金に充てることを原則禁止」とし、生産活動収益が賃金総額を下回る状態が続く事業所に対し、厳しい「経営改善計画」の策定と提出を義務付けました。2025年はこの計画の「実行期限」にあたり、収益改善の目処が立たない多くの事業所が、断腸の思いで(あるいは無責任に)事業継続を断念したのです。
■スコア方式の厳格化と「選別」
さらに、事業所の評価を決める「スコア方式」も大幅に変更されました。「就労移行率」「賃金」「労働時間」といった項目に加え、新たに「ワークライフバランス」や「知識・能力向上」といった多角的な評価が導入されました。
しかし、この複雑なスコア管理は小規模な法人にとって過大な事務負担となり、さらにスコアが低い=報酬単価が下がるという直接的な経営への打撃となりました。物価高騰と電気代の上昇、そして人件費の底上げというトリプルパンチが、体力のない事業所を容赦なく追い詰めていったのです。
- 経営改善計画の破綻: 収益(売上)から最低賃金を捻出できない構造的赤字
- 最低賃金の大幅な引き上げ: 年々上昇する最賃に事業収益が追いつかない
- 事務コストの増大: 加算取得やスコア管理に必要な人員を確保できない
- 大手企業の参入と二極化: 効率化を進める大手と、従来型運営の零細との格差
3. 現場の悲劇。行き場を失う障害者と「経営改善計画」の重圧
事業所の閉鎖が決定した際、最も大きな犠牲を払うのは、そこで「働く喜び」を見出していた利用者の方々です。
■解雇という名の絶望
あるA型事業所に通っていた精神障害を持つBさん(30代)は、2025年末に突然の解雇を言い渡されました。事業所は「経営努力を尽くしたが、これ以上は無理だ」と説明。Bさんにとって、毎月一定の収入を得て、仲間と顔を合わせる場所は人生の支えでした。「また明日」と言える場所が、制度の変更という不可抗力で奪われる。この喪失感は、計り知れません。
さらに深刻なのは、受け皿の不足です。A型を解雇された利用者が就労継続支援B型(雇用契約を結ばない形式)に移る場合、工賃(給料)は激減します。A型では月額8万円〜10万円程度あった収入が、B型では全国平均で1万数千円程度まで落ち込むことも珍しくありません。これは「自立」を目指す当事者にとって、生活水準の致命的な低下を意味します。
■現場スタッフにのしかかる「数字」のプレッシャー
支援員の苦悩もまた、限界に達しています。本来、支援員の役割は利用者の特性に寄り添い、個別のペースで成長を支えることです。しかし、現在の報酬体系では「生産性の向上(=利益を出せ)」という経営目標が最優先されます。
「まるで工場のライン長のような仕事ばかり。これでは福祉ではなく、ただの低賃金労働の管理だ」。ある現場職員の声です。利用者のメンタルケアよりも、納期の厳守やミスの削減を厳しく指導せざるを得ない矛盾。この「福祉と経営の板挟み」によって、志の高い支援員ほど燃え尽き、現場を去っていくという悪循環が起きています。
4. 世論と専門家の声:東京都が国に異を唱えた「報酬減」の是非
こうした閉鎖ラッシュと現場の疲弊に対し、地方自治体からも「待った」の声がかかりました。2026年1月、東京都が厚生労働省に対し、「障害事業所の一部報酬減に反対する申し入れ」を行ったニュースは、業界に大きな希望を与えました。
■「東京都の申し入れ」が持つ意味
東京都の主張は明快です。「物価高騰や人件費上昇が続く中で、さらなる報酬の引き下げや要件の厳格化は、事業所の存続を危うくし、ひいては障害者の就労機会を奪う」というものです。特に、重度の障害を持つ方を受け入れている事業所ほど、生産性を上げることが難しく、現在の「成果主義的」な評価体系では不当に低い報酬に甘んじなければならないという構造的な不備を指摘しています。
■専門家による「質の定義」への疑念
社会保障の専門家たちは、現在の「スコア方式」が果たして「支援の質」を正しく測れているのかという点に疑問を呈しています。 「高い賃金を払える事業所が良い事業所だという論理は一見正しいが、それは『高い収益を出せる軽度の障害者だけを選別する』というインセンティブになりかねない」 という懸念です。
福祉の本質は、「効率」の土俵に乗れない人々をどう包括するかにあります。現在の制度は、その根幹を揺るがしているのではないかという批判が、当事者団体や研究者の間でも強まっています。
- 賛成派: 税金を投入する以上、経営努力をしない事業所が淘汰されるのは当然だ。
- 反対派: 障害特性による生産性の差を無視した一律の基準は、弱者切り捨てである。
- 危惧派: A型がなくなれば、生活保護受給者が増え、結果的に社会保障費が増大する。
5. 今後の展望:工賃向上と「福祉の質」を両立させる新基準の生存戦略
嵐のような淘汰を経て、2026年後半に向けて生き残る事業所は、どのような姿を目指すべきなのでしょうか。暗いニュースの裏側で、「新しい就労支援」の形も芽吹き始めています。
■1. 高付加価値・IT化へのシフト
かつての「内職作業」中心から脱却し、WEB制作、データ入力、AI学習用データのラベリングなど、デジタル分野へ舵を切る事業所が増えています。これらの仕事は場所を選ばず、単価も高いため、最低賃金以上の利益を出しやすいというメリットがあります。また、障害特性(集中力の高さなど)が強みになるケースも多く、「同情で買う商品」から「品質で選ばれるサービス」への転換が生存の鍵です。
■2. 企業との「真のパートナーシップ」
単なる下請けではなく、企業の法定雇用率達成を支援する「共同事業」や、サテライトオフィスの運営支援など、BtoB(企業間取引)を強化する動きも加速しています。2025年からは障害者雇用率の段階的な引き上げも続いており、企業の「障害者雇用ノウハウ」へのニーズはかつてないほど高まっています。事業所が企業の「人事パートナー」として機能することで、安定した収益基盤を築くモデルです。
■3. A型・B型・移行支援の「ハイブリッド経営」
一つの種別に固執せず、同じ拠点内でA型、B型、就労移行支援を一体的に運営する多機能型事業所が強さを発揮しています。利用者の状態に合わせて柔軟にサービスを切り替えられるだけでなく、事務機能を共通化することでコストを削減。経営の安定性と、利用者のニーズに合わせたきめ細かな支援を両立させることが可能です。
国もまた、今回の閉鎖ラッシュを重く受け止め、2027年度の次期改定に向けて「経営改善が困難な事業所への激変緩和措置」や「重度障害者支援への加算拡充」の議論を再開しています。淘汰の時代は、同時に「真に価値ある事業所」が正当に評価される時代への第一歩でもあるのです。
6. まとめ:働く喜びを「数字」だけで測らせない未来へ
2026年、私たちは就労支援事業所の大量閉鎖という厳しい現実に直面しています。しかし、その背景にある「経営の透明化」や「事業性の追求」という流れ自体は、決して間違ったものではありません。福祉が甘えではなく、一つのプロフェッショナルな産業として確立されるためには、避けて通れない道でした。
一方で、忘れてはならないのは、その数字やスコアの向こう側に、一人ひとりの人生があるということです。朝起きて、身支度を整え、仕事場に向かう。誰かの役に立ち、その対価として給与を得る。その一連のプロセスが、どれほど人の心を癒し、自尊心を育むか。その価値は、決してエクセルの表には書ききれません。
これからの就労支援に求められるのは、冷徹な経営感覚と、どこまでも温かい支援の眼差しの融合です。東京都の申し入れに見られるような、現場の実情を汲み取った制度の柔軟な運用を期待しつつ、私たち現場サイドもまた、変化を恐れずに進化し続けなければなりません。
「障害があるから」と諦める社会ではなく、「障害があっても、自分らしく貢献できる」社会へ。この大淘汰時代を乗り越えた先には、より強固で、より優しい、真に持続可能な就労支援の未来が待っているはずです。
「福祉と経営。その二項対立を超えた先に、新しい日本の働くカタチがあります。」
執筆:介護福祉の最新トピックス by 日本トップクラスの福祉系プロブロガー
